社内の給与バランスと市場水準。企業が向き合いたい「給与逆転」の問題

採用市場の変化に合わせて給与を上げたい。しかし、既存社員との公平性も守りたい。市場水準と社内の給与バランスに差が生まれる中、企業は採用競争力と社員の納得感をどう両立すべきか。「給与逆転」の問題と、その対応策を考えます。

「社内の給与水準では、採用できない」

人材獲得競争が激しくなる中で、企業の採用担当者からよく聞かれるのは、こんな悩みです。

例えば、既存社員の年収は1200万円。しかし、同等のスキルを持つ人材を中途採用するには1500万円が必要。「給与逆転」が起こってしまう。

特に、ITエンジニア、DX人材、データサイエンティストなど、採用ニーズが高い専門人材では、その傾向が顕著となりつつあります。日本企業では長らく年齢・勤続や職能を重視する賃金制度が広く採用されてきました。「社内の同じ役職が年収1200万円だから、中途採用も1200万円まで」。

しかし、そんな基準を守っていると、候補者が他社の1500万円のオファーを選ぶこともあるでしょう。一方、中途採用に1500万円を提示すれば、今度は長く働いてきた社員との給与の差が生まれてしまいます。

日本の企業は、現在、「採用市場で勝てる給与」と「社内の公平性」をどう両立するかという問題に直面しています。

給与逆転の問題は、金額だけではない

中途採用の給与が高くなった場合、既存社員にとっての問題は「給料の差」だけではありません。「これまでの経験は評価されていないのか」「外から入ってくる人のほうが、自分より評価されているのか」といった疑問が生まれます。

そのため、理由が説明されないまま給与逆転が起きると、不公平感だけでなく、会社への信頼まで揺らぐ可能性があります。

給与逆転が生む「不公平感」

こうした状況を考えるうえで参考になるのが、心理学や組織行動論で研究されてきた「公平理論(Equity Theory)」です。

人は、自分が仕事に投入している経験や努力、成果と、得られる報酬とのバランスを、周囲の人と比較することがあります。そこで「自分のほうが経験も責任も大きいのに、報酬は低い」と認識したとき、不公平感が生じる可能性があります。

こうした不公平感は、給与への満足度だけでなく、会社への信頼や離職意向にもつながってしまうかもしれません。特に注意したいのが、現場を支える中堅・ベテラン社員です。

業務のノウハウを持っている人材ほど、転職市場でも評価されやすい傾向があります。「会社に残るより、転職したほうが自分を評価してもらえる」。そう考える社員が増えれば、給与逆転は採用の問題だけでなく、離職の問題へもつながっていきます。

重要なのは、単に給与額に差があることではなく、「なぜその差が生まれているのか」を社員が理解できる状態にすることです。

一人の退職が「離職ドミノ」につながる

給与への不満が怖いのは、一人の退職で終わらないことです。中堅・ベテラン社員が退職すると、その人の業務や顧客対応、若手のフォローなどを、残った社員が引き受けることになります。

「仕事が増えた」「引き継ぎが十分ではない」「なぜ自分が負担を背負うのか」。そんな不満を感じると、もともと給与や評価に疑問を感じていた社員は、転職を考えるきっかけにもなります。

さらに、評価されていた社員が退職した場合は、「成果を出していたあの人でも辞めるのか」「転職したら給与が上がったらしい」といった情報が周囲に広がります。このようにして、残った社員も自分の市場価値を意識し、他社の求人を見るようになります。

こうして、一人の退職が次の退職を呼ぶ「離職ドミノ」につながることがあるのです。

また、既存社員が「中途社員ばかり優遇されている」と感じるような職場では、新しく入社した社員への協力や情報共有が進みにくくなることもあります。こうして、高い給与で採用した人材まで早期離職してしまったら、企業は既存社員と新規採用者の両方を失うことになってしまいかねません。

給与逆転の本当のコストは、「300万円の差額」ではない。

では、企業はどう対応すればよいのか

すべての社員を一律に市場水準まで引き上げるのは、現実的に難しい企業も多いでしょう。だからこそ、「1500万円を払うか、1200万円に抑えるか」という二択ではなく、複数の方法を組み合わせる必要があります。

1. サインオンボーナスで採用時に調整する

一つの方法が、入社時に一時金を支給する「サインオンボーナス」です。例えば、基本給は社内の給与テーブルに沿いつつ、入社時に一時金を支給することで、候補者が求める条件との差を一定程度埋める方法です。

基本給を恒久的に引き上げるより、社内の給与バランスへの影響を抑えやすい点がメリットです。ただし、短期離職時の返還条件などを設ける場合は、労働法上の問題が生じる可能性もあります。

一時金だから自由に設計できるわけではなく、法務面を含めた慎重な設計が必要です。

2. ジョブ型や専門職向けの給与レンジを検討する

もう一つは、職務や役割の市場価値に応じて給与を決める考え方です。すべての職種を同じ給与テーブルで運用すると、市場価値が高い専門職を採用しづらくなることがあります。

そこで、ジョブ型の考え方を取り入れたり、高度専門職向けに別の給与レンジを設けたりする方法があります。

重要なのは、「中途だから高い」のではなく、「この仕事・この役割の市場価値が高いから、この給与になる」と説明できることです。

3. 既存社員の評価と将来の給与も見直す

外部人材への対応だけでは十分ではありません。市場水準との乖離が大きい既存社員については、昇給や役割の再評価も検討する必要があります。

「何を評価されれば給与が上がるのか」「今後どのようなキャリアを描けるのか」。これらを明確にすることも、社員の納得感につながります。

まとめ

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