「経理経験5年以上」という要件だけでは、企業がその人材に何を任せたいのかは分かりません。同じ経理・ファイナンス職でも、月次・年次決算を担う場合と、予算策定や将来予測を担う場合では、必要な経験が異なります。まずは、財務報告の正確性を高めたいのか、事業の見通しをより的確に把握したいのか、それとも事業責任者とともに投資や成長機会を検討してほしいのか、優先事項を明確にする必要があります。
それぞれの役割に求められる強みも異なります。経理の専門人材は、会計基準や業務プロセスを理解し、財務情報の正確性を支えます。FP&A人材は予算と実績の差を分析し、将来のシナリオを示すことで経営判断の材料を提供します。また、ファイナンス・ビジネスパートナー、コントローラー、ファイナンスディレクター、CFOなど、事業部門と密接に関わる立場の人材には、現場の状況を理解したうえで、分析結果を事業責任者や経営層との議論につなげる力が求められます。
テクノロジーによって定型的なデータ収集や照合、報告が効率化されるにつれ、人が担う仕事の重点も変わっていきます。ファイナンス人材には、「なぜこの数字になったのか」「今後どう変化するのか」「その結果、会社は何をすべきか」を考え、その結論を関係者に分かりやすく伝える力がますます重要になります。
だからこそ、採用では経験年数や職種名だけで候補者を判断するのではなく、その人にどのような意思決定や行動を支えてほしいのかを起点に、役割を定義することが大切です。そのうえで、会計、データ分析、事業理解、コミュニケーションについて、それぞれどの程度の能力が必要かを整理できます。
「正確に締める」と「事業を動かす」の両方が必要になる
日本のファイナンス組織で起きているのは、経理機能の縮小というより、役割の分化と高度化です。
まず、決算、会計基準、内部統制、開示、データの正確性など、「数字が正しいこと」を支える役割があります。
さらに、重要性が増しているのが、FP&A(財務計画・分析)や、事業部門と連携して経営判断を支える役割です。予算や将来予測、事業KPI、投資判断などを通じて、「その数字を見て、次に何をするのか」を考える業務です。
採用市場にも、この変化は表れています。
2026年9月時点のとある求人サイトでは、「経理」が6,000件以上、「財務」が5,000件以上ある一方、「FP&A」も800件以上確認されています。東京都では、事業部門に伴走するファイナンス人材に関する求人も600件以上表示されました。
厳密な雇用統計ではありませんが、従来の経理・財務とは異なる役割が、採用市場でも存在感を増しつつあることはうかがえます。
給与レンジにも違いが見られます。
財務分析を担う人材は年800万〜1,200万円、事業管理や意思決定支援まで担う人材では1,000万〜1,800万円、財務計画・分析のマネージャーでは1,200万〜1,800万円という水準です。
単純に「FP&Aだから給与が高い」とはいえません。しかし、予算管理から事業分析、経営への提言へと責任範囲が広がるほど、報酬の上限も高くなる傾向があります。
なぜ、ファイナンスの仕事は変わっているのか
背景には、いくつかの変化が重なっています。
一つは、企業に対して「資本をどこへ配分するのか」を説明する必要性が高まっていることです。
売上や利益を見るだけではなく、ROIC*やROE*、資本コストなどを踏まえ、研究開発、設備、人材、事業にどのように資金を配分するのか。
ファイナンス部門には、その判断材料を経営や事業部門に提供する役割が求められています。
もう一つが、テクノロジーの進化です。
業務の自動化、クラウド型の基幹システム、データ分析ツール、生成AIなどによって、集計、照合、定型レポートといった仕事の一部は効率化されつつあります。
2026年に実施された調査では、国内企業の約8割が何らかのDXに取り組む一方、DX人材の不足は85.5%に達しています。
AIについても、現時点では人に代わって経営判断を行うというより、情報収集や整理、一次分析を効率化する使われ方が中心です。
そのため、人が担う仕事の重心が変わります。
数字を集めることより、「なぜこの数字になったのか」「この先どうなるのか」「では何をすべきか」を考えることの重要性が高まるのです。
*ROIC:投下した資本からどれだけ利益を生み出したかを示す指標
*ROE:自己資本に対する利益率
AIが集計や一次分析を効率化するほど、人に求められるのは「では、何をするべきか」に答える力。
求められるのは「会計+データ+事業」の人材
現在の求人を見ると、企業が求めているのは、単にExcelを使える人や会計知識を持つ人だけではありません。
会計の基礎を理解したうえで、財務モデルを作り、データを分析し、その結果を事業の課題と結びつけられる人材が求められています。
さらに、シニア層になるほど重要になるのが、関係者を動かす力です。
例えば、事業部門が楽観的な売上予測を出してきたとします。
これに対して、ファイナンス側は、その前提が妥当なのかを検証し、必要であれば異論を伝えなければなりません。
ただ数字を示して否定するだけでは、事業部門との関係が悪化する可能性があります。相手の事情を理解しながら、数字を根拠に議論し、最終的な行動につなげる力が必要です。
つまり今後、希少性が高まりやすいのは、会計、データ分析、事業理解、コミュニケーションを組み合わせられる人材だと考えられます。
採用で見直したい3つのポイント
では、企業はファイナンス人材の採用をどう見直せばよいのでしょうか。
1つ目は、募集する役割を明確にすることです。
「経理経験5年以上」と定義しても、決算の専門家を求めているのか、予算や将来予測まで任せたいのか、事業責任者と一緒に意思決定してほしいのかは分かりません。
「経理人材を採る」ではなく、「経営や事業のどの判断を支える人材を採るのか」を考えることが重要です。
2つ目は、スキルを単体で見ないことです。
会計、財務分析、データ活用、事業理解、関係者との調整力。それぞれを別々に見るのではなく、どの組み合わせが自社に必要なのかを整理する必要があります。
3つ目は、外部採用だけで解決しようとしないことです。
すべての経理担当者をFP&Aへ転換する必要はありません。会計・税務・内部統制を深める人、財務計画・分析を担う人、財務データやシステムを担う人、事業部門に伴走する人など、複数のキャリアを設ける方法があります。
そのうえで、社内で育てる人材と、外部から採用する人材を分けて考える方が現実的です。
ファイナンス採用の難しさは、人材不足だけではありません。
企業側が「どの役割を、どこまで任せたいのか」を明確にできていないことも、採用を難しくする一因なのです。
だからこそ人材紹介会社と採用要件を擦り合わせる際にも、「経理人材が欲しい」というところで止めず、任せたい意思決定、必要な経験、期待する役割まで言語化することが重要です。
まとめ
- 日本の経理・ファイナンス職は、過去の数字を報告する役割から、将来予測や意思決定を支援する役割へ広がっている
- 経理が不要になるのではなく、「数字の正確性を支える役割」と「数字を使って事業を動かす役割」の双方が高度化している
- 今後は、会計、データ分析、事業理解、コミュニケーションを組み合わせられる人材の重要性が高まる
- 採用では職種名だけでなく、「どの意思決定を支える人材が必要なのか」まで明確にすることが重要である